あらすじ

妻・晴子が死んだ後、私は初めて妻を書こうとした。 三十五年の結婚生活。私は一度も、妻を名前で呼ばなかった。 「君」とだけ呼び、妻を「私の外部にいる他者」として認識することを拒んだ。 小説家である私にとって、妻は素材であり、背景であり、物語の装置だった。 だが妻の死後、書斎で妻の万年筆を見つけた時、すべてが変わり始めた。 モンブランの149。妻が三十年使い続けた、黒い万年筆。 それは私の原稿用紙の下に、なぜか隠されていた。 妻は私の書斎に、一度も入らなかったはずなのに。 万年筆でノートに線を引いた瞬間、勝手に文字が浮かんだ。 「あなたは私を見ていなかった」――妻の筆跡で。 その夜から、万年筆は動き始めた。 誰も持っていないのに、宙を這い、原稿用紙に文字を書き続ける。

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カクヨム
カクヨム2025/11/08
  • 現在の作品万年筆は、死者の名前を書く ――35年間、夫は妻の名前を呼ばなかった