あらすじ
むかしむかしのこと。ある町の通りの並びに、『盗人宿』と呼ばれる小さな宿があった。そこに泊まった客は、夜明けまでに決まって持ち物を根こそぎ盗まれるという。ひどいときには、肌身一枚さえ残らなかったそうだ。
ある冬の晩、その噂を聞きつけた一人の男が白い息を弾ませながら宿の戸を開けた。
「よお、ここが噂の盗人宿だろ? 一晩、泊めてくれ」
男は玄関框にどかっと腰を下ろし、手をこすり合わせながら笑った。
「はあ、噂ですか? いやあ、私にはなんのことやら……」
宿屋の亭主は苦笑し、何度も小首を傾げた。
「とぼけるなよ。ここに泊まるために、野を越え、山を越えて来たんだぜ」
「はあ……まったく、どうしてそんな噂が広まってしまったんでございましょうかねえ」
亭主は額に手を当て、首を振った。
「でも事実なんだろ?」
「……ええ、残念ながら。噂どおりでございますよ」