あらすじ
同棲を夢見て買ったクイーンサイズのマットレスは、六畳の部屋には少し大きすぎる。その「真ん中の縫い目」は、かつて二人で笑い合った国境線だった。だが忙しさや不満が積もるうち、彼は少しずつ端へ追いやられ、背中を向け、ある朝そのまま戻らなくなる。残された彼女は、いない人の気配を守るように、マットレスの端に小さく丸まりながら眠り続ける。広い面積のほとんどを空席として残し、いつか鍵が回るかもしれない幻聴を待ちながら夜を越える日々。
別れから三か月が過ぎたある夜、ふと彼女は気づく。いない人のために眠る場所を縮め、いない人のために寒いほうを選び続けている自分の滑稽さに。そこで部屋の灯りを落とし、深く息を吸い、思い切って「真ん中」に身を投げ出す。かつて国境線だった縫い目の上に、自分一人の背中をまっすぐ横たえる。
この小さな行為は、失恋の痛みを否定するものではない。ただ、「誰かの端っこ」ではなく「自分の真ん中」で生きていくと決める静かな宣言だ。その夜、彼女は久しぶりに朝まで目を覚まさず眠り、心とベッドのスペースをようやく取り戻す。喪失から自己回復へと踏み出す、一晩だけの物語。