あらすじ
「また失恋したのかい、響《ひびき》さん」
診察室の扉を開けると、白衣をまとった加賀先生は開口一番にそう言った。私は診察室の角にあるラックに学生鞄を置いて、丸い回転椅子に腰掛ける。
先生はデスクの上にあるパソコンの画面に表示された私のカルテを打ち込んでいく。
「人ってうまくできてないですよね。失恋が身体に悪いなら、失恋を避ける機能でもついててほしいです」
「あらかじめ相手に好きな人がいるかわかるとか?」
「相手の好きなタイプがぼんやりわかるとか」
「その機能はなくてよかったと思う日がいつか来るさ」
先生の指が私の下瞼を引っ張る。
少し眩しいよ、と一言添えて細いライトの光を私の眼球に当てた。
「たしかに軽くだけど、過失恋っぽい症状が出てるね」
「先生が言うから新しい恋を探してるんじゃないですか」
「そうか。じゃあ半分は僕のせいだね」
いいえ、ぜんぶあなたのせいです。
私はそれを告げられないまま、自分の頬から離れた指先を目で追った。さっきまで私に触れていた左手の薬指には傷だらけのリングが鈍く光っている。
どうしてこうも人間はうまくできてないんだろう。
絶対に叶わない相手には恋ができない機能がついてればいいのに。