あらすじ

まぶしい白に満ちた新生児室。布の温度、透明の面、名札の糸の影――言葉を持たない「私」は、左隣の小さな舟(ベッド)から届く浅く長い寝息に、はじめての安らぎを見つける。泣くことと息を続けることしかできない身体は、顔を左へ向けようとしては重さに止められ、細い影に頬を撫でられては静まる。昼の眩しさ、夕方のやわらかな灰、夜の薄い静けさ。二つの泣き声は近づいたり離れたりしながら、息の楽な間だけ重なり、私の中に「隣」というかたちを刻む。 やがて支度の朝が来る。斜めに入る白、見慣れない帽子と洗いたての匂い。頬を掠めていた名札の糸はもう触れず、車輪の音が近づく。布ごと持ち上げられた私の耳に、左の寝息がいっとき触れ、すぐ遠のく。「よかったね」という声とともに扉の気配が包み、私は外へ連れ出される。残された隣の舟には手が届かない。私は泣き、そして泣きやむ。できることは、息を続けることだけ。 新しい家。布と木と水の匂い、冷蔵庫の低い音、窓辺の白。腕に抱かれる角度は病室と少し違うが、胸は楽になり、眠りは浅くも深くもなく続く。左の寝息はもう戻らないと、時間をかけて体が知る。名札の糸の影は消え、代わりにこの部屋の物たちが位置を持ちはじめる。それでも私の中には、いっとき重なった静けさの形が薄い布の層のように残っている。何も伝えられなかった初めての恋は、失われたままではなく、息の継続として私に留まる。私は泣き、受け取り、やがて泣かずに息だけを続ける――それが、最初の失恋の受け方になる。

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エブリスタ
エブリスタ2025/11/08
  • 現在の作品左の寝息