あらすじ
六月の夜、僕は死のうとした。
けれど、その試みは静かに失敗に終わり、翌朝、世界は何事もなかったかのように続いていた。
それ以来、世界の色は薄れ、音は遠ざかり、僕はどこにも属していないような気がしていた。
大学院進学を目指して勉強を続けながらも、英語のノートに書き散らされた単語たちはもはや意味を持たない。
「reason」「validity」「truth」――それらはかつて僕が信じていた秩序の象徴だったが、今ではただの痕跡に過ぎない。
思い返せば、あの頃から僕はずっと「殻」の中にいた気がする。
それが六月の夜の後なのか、二年前に躁鬱を患ったときからなのか、
あるいはもっと前、まだ僕が“俺”と名乗っていた頃からなのか――その境目はわからない。
ただ確かなのは、世界と自分のあいだに、薄い膜のような距離が生まれたということだ。
“俺”は、人の期待に応えようと必死に振る舞っていた。
成果を残すことが正しさだと信じ、嫌なことも受け入れ、
賢く、強く、正しくあるために、自分を締め付けていた。
だがその努力の果てに、言葉も感情も乾ききってしまった。
そんな僕にとって、唯一世界とつながっていられたのは恋だった。
大学生活の中で出会った彼女の存在は、僕を現実につなぎとめていた。
彼女と過ごした時間の断片――秋の光、髪に残る香り、笑い声の余韻。
それらがいまも胸の奥で微かに息づき、僕のなかで“生”の最後の証として灯っている。
やがて僕は問い始める。
自我とはいつ、どこで生まれたのか。
六月の夜か、躁鬱の季節か、それとも“俺”と名乗っていたあの頃か。
その問いの答えは見つからないまま、僕は書く。
書くことでしか、自分の存在を確かめられないからだ。
やがて僕は知る。
“僕”は一つの線としてではなく、無数の断片の集合としてしか存在できない。
記憶の欠片、言葉の残響、痛みの断層――
それらが擦れ合い、偶然に形を成している。
“僕”はもう、完全な線にはなれない。
けれど、不完全なまま書き続けることで、
「まだここにいる」という事実だけは、静かに証明できるのかもしれない。