あらすじ
冬の深夜、広漠とした荒涼の空には、手が届きそうなほど間近に満天の星河(あまのがわ)が広がり、一点の塵もない清冷な満月が世界を照らしている。その極度の静寂を、遥か天の川の方向から響く雁の凄まじい鳴き声が一瞬にして貫く。
その直後、地上の西側からは、隣家の女性が冬着を打つ「トントン」という日常の砧(きぬた)の音が途切れ途切れに聞こえ、頭上の壮大な清冷さと奇妙な対照をなしていた。老いた槐(えんじゅ)の木が骨ばった枝を広げる御殿の内部では、微かな油灯の光が灯る中、老禅師・慧遠(えおん)大師が数名の参拝客を前に結跏趺坐していた。
慧遠大師は、低く穏やかな声で、山中の泉が流れるように静かに「色即是空、空即是色」の梵音妙理を説き明かし続ける。外界の壮大さと厳しさ、日常の営みが交錯するその場は、夜が明け、星と月が交代するまで、真理を求める静かな時間に包まれるのであった。