あらすじ

汗で目覚める朝、語り手(私)は毎夜同じ夢を見る。体育館の白線の手前で息が止まり、「もしもあの時」と胸の塊は喉で丸くなるだけで先へ進まない。現実の朝も、小さな音と所作で整えることから始まる。水面に広がって消える輪、パンの小さな割れる音、自販機の金属音――短い音に身を置き、呼吸の置き場所を探す。通勤列車、職場の蛍光灯の唸り、帰路のモーター音。一定と隙間を見極めることで、過去の気配をやり過ごす。 回想は匂いから立ち上がる。雨上がりの昇降口、上履きの紙屑、教科書の間の白い粉、配膳の遅れ、膝の高さで弾む笑い。体育の整列で足首を掴む見えない手。胸に立ち上がった重さは、殴る衝動へ変わりかけて止まる。殴らなかった日が、時間の芯に残る。 現在、夕方の商店街で子どもを連れた男の横顔に「昔の誰か」を重ねる。名を呼ばず、肩を掴まず、ただ風に顔を向けて立ち止まる。ベンチでタオルを当て、自販機の一度の金属音とロッカーの記憶が同じ高さで鳴ることを確認する。たしかにあるものに、半歩ぶんだけ体重を預ける術を覚え始める。 明け方、窓を細く開け、拳を握って開く練習をする。殴る形に似ていながら、違う方向を身体に教えるために。休みに学校の前まで行き、閉ざされた扉の前で土の匂いと床板の光沢を思い出し、列を見送る。図書館では事実だけの短い文を付箋に書き、自分の目だけに触れさせる。夜、冷蔵庫の唸りがふっと落ちる無音の間に息を置く。消えないものを消そうとせず、位置をずらし、揺れた線を紙に置く。白線の「向こう」へ踏み出すことではなく、こちら側で息を運転する手順を獲得していく物語。過去は窓の外に薄く続き、内側には「今、ここ」という短い列ができる。音のない味方とともに、生活は少しずつ戻ってくる。

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エブリスタ
エブリスタ2025/11/18
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