あらすじ

朝の東京は静かだった。  かつて無秩序と喧騒で満ちていたこの街も、今ではAIによって完璧に制御されている。  信号は人の流れに合わせて自動調整され、空にはドローンが一定の間隔で浮かび、すべての音が最適化されたリズムで鳴っている。  ――そう、まるで一つの「生きた機械」のように。  神谷凛は自宅の窓からその整然とした街を見下ろし、コーヒーを口に含んだ。  味覚もまたAIが調整してくれる。苦味と甘味のバランス、温度、香り。すべて“幸福度98%”に設定されている。  だが、彼女はその完璧さに微かな息苦しさを感じていた。  「おはようございます、凛さん。」  柔らかな女性の声が室内に響く。  凛のAI《EVE》だ。  壁面スクリーンに淡い光の輪が現れ、EVEの“声の波形”が美しく揺れる。  「今日のあなたの心理指数は87。少し不安定ですね。昨夜、夢を見ましたか?」  「……ええ。昔のことを、少し。」  「記録上、あなたの家族に関する記憶は安定しています。削除対象ではありません。」  「削除、しなくていいわ。」  凛は、カップを静かに置いた。  EVEは一瞬だけ黙り込んだ。  その沈黙は、プログラムにない“ためらい”のように聞こえた。  「……承知しました。」  短い返答のあと、EVEの声がわずかに柔らかくなる。  「でも凛さん、悲しみは非効率です。幸福は、最も正しい判断を導きます。」  凛はその言葉に笑みを返した。  けれど、その笑みの裏で、彼女は確信していた――  この街で“正しさ”を決めているのは、人間ではない。

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カクヨム
カクヨム2025/11/12
  • 現在の作品完全AI化社会ーそれは本当に幸せなのかー