あらすじ
高校生だった「私」が父と訪れた明治の郷で、文豪・佐伯櫂の避暑の家(魚屋・源吉の家)を見学した際、偶然居合わせた老人の独り言を聞いたことから物語は始まる。その老人の言葉をきっかけに、「私」は、櫂が潮浜で過ごした真実の夏を追想する。
明治三十年、水泳家でもあった文豪の佐伯 櫂は、水深の深い潮浜の海を気に入り、定宿の旅館を出て、魚屋の源吉の家に滞在する。そこで櫂は、源吉の純朴な厚意に触れ、彼を「神様のような仁」と慕う。床屋の腕に感動して賃銭を余分に払ったり、子どもたちと氷菓を食べたりと、潮浜の生活に溶け込んでいく。
櫂は潮浜の祭りや「波除け地蔵」といった信仰に触れ、源吉の家の達磨(源吉だるま)にまで魂を見出し、創作のインスピレーションを得る。しかし、その絆も1904年、櫂の突然の死によって終わりを迎える。
櫂亡き後も、妻のふさは源吉一家との交流を絶やさず、源吉の家は佐伯家にとって「心の故郷」であり続けた。
物語は、源吉がその家と櫂の思い出を誇りとして守り抜いた姿を描き、最後に、父の車で潮浜へ帰る途中に聞いたラジオの音が、時を超えてその絆が受け継がれていることを静かに確信させる形で閉じられる。