あらすじ
池袋からほど近い大山のUR団地で三十年を共に生きてきた浜中雄一(72)と妻・るり子(74)。五階建てエレベーターなしの四階という厳しい環境の中でも、ふたりは「住み慣れたこの団地こそが自分たちの生活の場所」と信じ、日々を大切に積み重ねてきた。しかし、雄一の老いは確実に進み、階段の昇降は負担になりつつあった。
そんな折、息子夫婦のあきらと理恵、そして孫の大地とゆめから「一緒に住もう」と提案される。あきらは広い家を購入し、家族みんなで暮らせる環境を整えていた。ためらいながらも“試し同居”として入間市を訪れた雄一夫妻は、穏やかで広い生活環境、孫たちとの温かな触れ合いに心が揺れ動く。運動会での感動や、そば屋「藪もと」の家族に迎えられる温かさは、ふたりに新たな生活の可能性を感じさせた。
しかし一方で、長年にわたり体に染みついた大山の雑踏や生活音、団地の友人・明菜との深い絆が、ふたりの心を強く引き留めていた。便利さと温もりに満ちた入間での暮らし。それでも「慣れ親しんだ場所を手放す寂しさ」は消えない。
そんなある夜、雄一が深夜の発作で倒れ、救急搬送される。家族は懸命に寄り添い、雄一も一命をとりとめたが、この出来事は彼にある“本音”を自覚させた。
——自分は、大山で最期を迎えたい。
やがてふたりは入間での同居を断り、大山で生きる決断をする。るり子もまた、雄一が築いてきた日々と、自分を支えてくれる団地の仲間たちと離れがたい。
退院からまもなく、雄一は静かな夜、眠るように息を引き取る。最期の場所は、四階の団地の部屋だった。
深い悲しみに暮れるるり子だったが、息子に招かれて入間で暮らす選択は最後までしなかった。「ここがわたしの帰る場所」と確信したのだ。ちょうどその時、長年願っていた“同じ棟の一階”が空く知らせが届く。階段の苦しさから解放されながら、夫との思い出の詰まった町に留まる道が、再び目の前に現れたのだった。
雄一が愛した町で、生活の灯りを絶やさずに生きていく。るり子は静かに新たな日々へと歩き始める。