あらすじ

大学生だった『あの日』、遠方にいて東日本大震災で母と父と姉を同時に失い、自分だけが残った主人公。十余年後、新居の段ボールから『14時46分で止まった置き時計』『欠けた茶碗』『下書き「いまどこ」を残した折りたたみ携帯』が現れる。未読通知に触れず、まず電池を買いに出るという最小の一手だけを選ぶ。 やがてバスで更地になった故郷へ。防災無線の試験音の録音を再生し、家の跡に立って時計へ新しい電池を入れるが秒針は動かない。それでも背面のダイヤルで『いま』に合わせ直す。海に背を向けて歩きながら、「もしもあの時」という列が砂のように崩れては積もる感覚だけが残る。 帰った夜、恋人と向かい合う。「一緒に住むって、どう思う」。失う怖さが口をふさぐが、彼は短く「明日、話したい」とだけ送信する。翌朝、二人は実務を並べる――合鍵の申請、不要な靴を捨て、本の置き場を作る。欠けた茶碗は『見えるが触れない』位置へ、同じ形の新しいマグを二つ並べ、窓辺に小さな植木を置く。古い携帯の「いまどこ」は消さず、机の右端に『置いていくために置く』。そして止まった置き時計の針を今日の時刻に合わせ直す。 「もしもの列」は消えない。それでも、人は前に置く物の順番を変えられる――喪失を持ったまま、生活の単位を一つずつ整えることで“いま”へ能動的に同調していく。動かない針の上に今日の影を落とし直す、その小さく確かな回復の物語。

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エブリスタ
エブリスタ2025/11/12
  • 現在の作品止まった針に、今日を合わせる