あらすじ
二〇三五年の「月面崩落事故」後、地球には二つの月——姉月と妹月——が軌道に残り、両者が夜空に並ぶ「二重月夜」には、量子的揺らぎが世界を満たす。観測されないものは確定せず、恋までもが不確定になる。高校の理系クラスでは「量子恋愛禁止令」が出されていた。
主人公・柊は、図書室で「多世界解釈入門」を読む先輩・緒方すみれと出会う。彼女は「観測されないものを見える観測者」だった。誘われた廃校での「量子物理研究会」で、二人は感情の重ね合わせを示す「シュレーディンガーのラブレター実験」に参加し、好悪が同時に存在する人の心の量子性を体感する。
やがて柊とすみれは互いに惹かれ合いながらも、「観測する=相手を一つに確定させること」への恐れに揺れる。すみれは分岐する世界を見た過去を語り、「観測しないことで可能性を守るか」「観測して現実を選ぶか」の狭間で苦しむ。
終盤、すみれは「量子鏡」を用いて無数の可能性の自分を見つめ、「あなたを観測する」と決意して告白する。柊も応えて世界は収束し、二人は確定した愛の中で抱き合う。鏡にはただ一つの現実——二人だけの姿——が映り、他の世界は消えた。
三年後、研究が進み量子揺らぎは薄れたが、二人はなお夜の月を眺める。「人は常に変化するから完全には確定しない」と語り合いながら、互いの存在を確かに観測し続ける。世界はまだ少し不確定だ。だが、それでいい。柊は、これからも不確定な夜に、すみれを観測し続けるのだ。