あらすじ
一 京(にのまえ みやこ)はその名に恥じぬ守銭奴である。
……否、守銭奴という言い方は正しくない。
彼女は物心ついた頃から「貨幣」に恋をしている一般女性である。
出会い(貯蓄)はもちろん大歓迎だが、別れ(散財)もまた恋の常。
好きな人(金銭)とどう過ごす(使う)かはそのときどきで変わるだろう。
京は彼(資産)と出会う(貯蓄)為に努力(勤労)を決して惜しまなかった。
東に運送会社あれば走り込み、西に塾講師があれば学年上位の成績を収め、北にモデル募集があれば容姿を磨き、南にゴミ屋敷があればゴミ袋を持って駆けつけた。
肩こりに悩む近所のおばあちゃんに五百円玉硬貨をもらったあの日からずっと、一 京は無機物に叶わぬ恋をしている。
故に彼女は守銭奴と呼ばれていた。
健全な肉体、明晰な頭脳、誰もが認める美貌を持ちながら、「極めて残念な金の奴隷」だと、学生時代についたあだ名は未だに撤回されないままである。
数々の実績と人に好かれ憎まれるあらゆる才能を有しながら、彼女の異質さはそこにはない。
彼女は、金銭以外への関心と執着が極めて薄い人間だった。
物への愛着や仕事への興味はある。
だが、人の名前と顔を覚える能力に乏しく、彼女に仕事以外の場所で名と顔を一致されるのはお得意様の商店街のおばさま方や同じ志を持つ苦学生の友人くらいのものだった。
一京は金に恋する乙女である。故に、恋人ができたことはない。
そんな彼女はある日、結婚した。
恋愛感情は無い。相手の名前もわからない。
ただ、資産家ではあるのだろう。
彼はある日、代理人を伴って京の住むアパートに現れた。
契約結婚の打診である。
条件は一つだけ。
「夫と同居はするが、顔を合わせないこと」
それを守りさえすればこれから先、京がどんなことをしても決して路頭に迷う事態にはさせず、1日に10万円(昇給、特別手当、各種福利厚生あり)を支給するというものだった。
詮索も質問もなく、京は即答した。
代理人が信頼と契約締結の為に開けたトランクケースの中身を見たからである。
後に京はこう語る。「一目惚れだった」と。
そして、おかしな覆面結婚から半年後。
「……旦那様って、どんな人なんだろ」
一京は生まれて初めて、他人に対して疑問を持っていた。
これは、金に恋する守銭奴と顔を見せられない覆面男の奇妙で普通な結婚生活の話である