あらすじ
むかしむかし、このせかいに、はじめてひとがうまれました。はじめてうまれたそのひとを、いまのわたしたちは、シソ、とよびます。シソはこのせかいにとてもあいされていました。えいえんににたじゅみょうと、じゆうじざいにこのよをうごかすことのできるちからをあたえ、シソのこころをみたそうとしました。シソはこのせかいをあいしました。のどをいやすとうといみずをあいしました。はしりまわることができるひろいちをあいしました。ほおをなでるやさしいかぜをあいしました。せいかつをてらすあたたかいほのおをあいしました。もらったちからでせいかつをゆたかにし、はんえいをかなでました。しかし、あんねいはすぎさりさってしまいました。ひとびとのなかで、あらそいがうまれたのです。にくむということが、うまれてしまったのです。シソはひとびとをあいしていました。しかしシソにひとびとをとめるすべはありませんでした。それでもシソは、なんとかあらそいごとのたねを、そのいっさいをねだやしにしようとおもいました。そして、シソはケイヤクというしくみをかんがえだしたのです。シソにひとびとのあらそいごとをおさめることはできませんでした。ですからせめて、こうへいなせかいをつくろうとしたのです。それぞれのひとの、だいじなことに、うそやうらぎりをもちこまないようにと、そういったこころをけしてしまおうとかんがえました。シソはのちのせかいをこどもたちにたくして、えいえんをそそぎました。そしてせかいにみをささげ、ケイヤクをやきつけてきえてしまいました。せかいはかなしみにくれました。そしていかりくるいました。せかいはシソをけしたげんいんである、ひとびとをねだやしにしようとおもいました。たいりょうのみずをそらからおとしてひとびとをころしました。じめんをおおきくゆらしてひとびとをころしました。つよいかぜでせかいをつめたくしてひとびとをころしました。つよいほのおでせかいをてらしてひとびとをころしました。それからせかいはおかしくなりました。のこったひとびともくるいはじめました。せかいがこわれるすんぜんのことです。ユウシャがあらわれたのです。それはさびたたびびとでした。おちたほうきぼしでした。ふかいうみのそこにこがれたひとでした。かれらはそのちで、このせかいをなぐさめました。そのちをのむと、せかいはなんだか、おちつくことができたのです。