あらすじ
四月、理科棟のいちばん奥——札の揺れる〈記録室〉へ配属された「僕」は、そこに古い革表紙の帳面——“忘却帳”が眠っていると知る。帳面に書いたことは、一時だけ痛みを遠ざける。ただし、失くすのでも、無かったことにするのでもない。——境目で立ち止まるための、短い猶予だ。
生徒会の茉子、穏やかな由来子、いつも皆をつなぐ央嗣、天真爛漫な望有季。それぞれの“忘れたいこと”と向き合うたび、記録室の扉は「ギィ……チリン。」と鳴り、小さな選択が積み重なる。台風の夜、立入禁止の貼り紙、夏休みの開室、そして文化祭の順延——揺れる校舎の時間に、僕らは「忘れる」と「覚えておく」の間へ手を伸ばす。
やがて迫る改修計画で、記録室の存続は危うくなる。証言を集め、埃を払った思い出を並べ、僕らは自分たちの歩幅で結論を探す。泣いて、笑って、抱え直す。たとえ帳面が閉じても、扉の鈴は胸に残る——“忘れたくない”は、誰かと分け合えるから。