あらすじ
あんたあの子のなんなのさ
雨上がりの港は
ネオンの舌で言葉を舐めて、のみ込む。
油の浮いた水面に、誰かの顔が千切れては寄る。
私は傘の骨をひとつ折って、夜の体温を確かめる。
──あんた、あの子のなんなのさ。
煙草の火が答えかけて消える。
火種は赤、沈黙は黒。
その間にぶら下がる“保護”とか“恋”とか“雇用”とか、
きれいに名付けられた嘘の札。
──あんた、あの子のなんなのさ。
ハイヒールが金属階段を三段ぶん叩く。
私の踵で、夜の骨は割れない。
割れるのはむしろ、笑顔の薄いガラスだ。
割れ目から、潮とウイスキーが滲む。
君は言う、「見張ってただけだ」と。
見張るという庇護のふりで、
鍵も、時間も、名前も集める掌。
その掌の皺の奥で、アコヤ貝みたいに
沈黙の砂は真珠になれず、ただ痛い。
──あんた、あの子のなんなのさ。
答えを急ぐな、夜は言う。
急いでも、ここでは風しか走らない。
港の灯がまばたきするたび、
“もの”と“ひと”の境界がずれる。
レシートの数字は「関係」を証明しないし、
指輪の円は「所有」を永遠にしない。
冷えた欄干に頬を預ければ、
鉄ははっきりと私に無関心だ。
だからこそ、私は自分の声を磨く。
胸の底で錆びない単語から順に。
「帰る」「断る」「渡す」「残す」。
──あんた、あの子のなんなのさ。
もしもあんたが“光”だと名乗るなら、
私は水でいる。
映すだけ、運ぶだけ、形を変えるだけ。
でも、流れの向きくらいなら選べる。
手渡された栞を、次の頁へ滑らせるみたいに。
もしもあんたが“家族”だと名乗るなら、
その言葉の鍵をテーブルに置いて、
一緒に中身を数え直そう。
「許し」何枚、「恐れ」何枚、
「依存」と「希望」をどこで分けるか。
──あんた、あの子のなんなのさ。
返事は、たぶん一行で足りる。
「出口」。
あるいは、「他人」。
それが言えるなら、夜は少し澄む。
言えないままなら、濁った水で泳ぐ術を
私は覚えている。
雨がまた降る。
傘の骨は足りている。
港のヨーコ、横浜、横須賀、
地名はどれでもよくて、
ここが“あの子”の帰らない路地でないなら、それでいい。
最後にもう一度だけ、
私は夜に、そして私自身に向けて問い直す。
──あんた、あの子のなんなのさ。
私は答える。
「見張りでも所有でもない、
渡す手。
濁りの先で、傘をひらく手。」