あらすじ
外の月が欠ける夜でも、台所のカップの黒の面には必ず満月が立つ。私は指の幅だけ窓を開け、椅子とカップを同じ線に合わせ、湯気を「玄関」として場を整える。別の器を試す誘惑は退け、白い内側と縁の小さな欠けと手におさまる重さだけを条件として守る。注ぎの高さや粉の粗さを変え、四つ吸い、二つ止め、四つ吐く呼吸で待つ。それでも円は欠けない。やがて気づく。欠けは外ではなく内に生じる。私の聴き方が夜に小さな影をつくるのだ。
朝、窓の外の階段で水をこぼす人に気づく。私は夜、窓辺の満月をそっと外へ向ける。ほどなく呼び鈴、戸口に月見団子。「満」と記された紙片。言葉の少ないやり取りが重なり、階段で並んで、片や空の弧、片や黒の面の満月を見つめる。私はカップの底を紙に置き、焦げ茶の輪を得る。写すのではなく置く――満月は反射の円から生活の輪へ移る。
新月の夜にも満月は立つ。私は悟る。満月は整えられた場の副産物ではない。整えるという行為そのもの――私の夜の芯だ。朝には手すりの水滴が小さな凸面となって窓辺を反転させ、私はそれを読む前に受け取る。紙の輪は一枚また一枚と増え、ずれて重なり、薄い半月が生まれる。今夜も指の幅で夜を招き、黒の面の満月を口に運ぶ。円は欠けない。喉を通った円は胸に置かれ、白い朝には輪となって残る。私はその静けさを月見と呼ぶ。