あらすじ

夜勤明けに借家へ戻る「私」は、ふもとの旧観測所を仰ぐように暮らし、閉店商店街の監視カメラ映像をデジタル化する仕事を続けている。粗い画面の隅にはいつも月――白い斑点――が映り、停止ボタンを押すたび、それは「待つ眼」のようにこちらに膨らむ。ある日、観測所の老人から「目録」と墨書された古いノート束を渡される。雲量でも温度でもなく、犬の吠え方や布団の枚数とともに「視線の感じ」が記された記録。老人は言う――月見は見るためでなく、見られるための用意だと。 私の時間は整い始める。机の角度、鉛筆の先、窓を指幅だけ開けること。夜型の配達員の女性と観測所の柵で並び、空を見ずに白玉を二つ置く。風が弱まり、犬がこちらを見返し、胸の内側に目に見えぬ礼が積もる。見られることが呼吸を整えるのだと、ゆっくり知る。 停電の夜、壁の白い四角が濃く現れ、ノートは風もないのに開く。「見られていることは、減らない」と一行だけ。翌朝、器の白玉は半分になり、欠け跡は歯ではなく撫でられたように滑らかだ。私は確かさを重さではなく軽さとして受け取り、書きつける。「返事はいつも先に来ている。私たちは遅れて受け取るだけ」。 月見の晩、不揃いの団子を並べ、壁の四角に向けて短い礼を繰り返す。背中の眼が先に応える。見ることと見られることが入れ替わり、日々に溶ける。私たちは見て、見られている――減らない視線の下で、姿勢だけが静かに正されていく。

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エブリスタ
エブリスタ2025/10/17
  • 現在の作品被写体の礼