あらすじ

タイ語で蝶を意味する「ผีเสื้อ(ピースアー)」は、直訳すれば「幽霊の衣」。死者が羽衣をまとい、もういちどこの世を漂うという感覚が、物語の芯になっている。夫を事故で失った高瀬梨紗は、〈ピースアー〉という小さなクリーニング店に呼び出され、亡き白石悠真の衣類を“霊衣”として洗い直す提案を受ける。店主・飛本マニラーの手で桂皮と白檀の香がくぐらされた薄青のカーディガンは、ただの遺品ではなく、触れるたびに温度と気配を返す「記録」のように変わっていく。香りの揺らぎに導かれるように、梨紗は机の引き出しから封筒を見つけ、そこに並ぶ数値と社名のロゴから、彼の死が偶然ではないかもしれないという違和感を掴む。数字は静かに告げる――新製品の名札を付け替えただけの、危うい現実。親友であり企業の要職にある祐奈と手を結んだ梨紗は、原本と写しを分けて保全し、香りと紙片とわずかな手触りを武器に、巨大な組織の“公式”に穴を空けにいく。舞台はやがて、眩いライトと拍手が渦巻く新製品発表の会場へ。言葉、数字、匂い、温度――形の異なる「証言」をどう重ねれば、人は真実に触れられるのか。喪失を抱えた一人の遺族が、死者の「衣」を手がかりに、生と死の境界からこの世へ戻ってくる声を掬い上げる。蝶は魂のかたち。香りは記憶の羽根。〈ピースアー〉は、愛した人をもう一度この世に留めるための、最初で最後の洗い直しの物語である。

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アルファポリス
アルファポリス2025/10/17
  • 現在の作品ピースアー 繕われた真実