あらすじ
都会の仕事を休職中の「私」は、両親のいない実家へ帰郷し、裏庭で見知らぬ食虫植物を見つけて鉢上げし「ツボミ」と名付ける。写真は撮らず、朝だけ水をやり、ノートに成長を記す静かな生活が始まる。やがてツボミは異様な速さで大きくなり、基部の膨らみが割れて十代後半ほどの少女が「生まれる」。彼女は語彙を急速に獲得し、頭頂には普段は閉じた大きな口を持つ。二人は「庭の動物は食べない」「買った食材を中心にする」「外出時は帽子とフード、声は小さく」「写真は撮らない」の四つを約束し、買い物や家事を分担して暮らす。町では猫の失踪がささやかれ、隣人の視線や復職の打診が「私」の心を揺らすが、家の温度と手順は二人を落ち着かせる。やがて彼女は「いっしょになりたい」と告げる――それは「同化」の申し出であり、いつでも中止できることを互いに確認したうえでの、危うくもやさしい誓いだった。最終夜、「私」は自らの意志として受け入れることをノートに記し、戸締まりと火の元を確かめ、静かな儀式は穏やかに遂行される。夜明け、居間には整った布団と閉じられたノート、空になった鉢だけが残り、裏山へ向かう湿った跡と「世話をありがとう」の一行が、確かな別れの証となる。証拠は少なく、体験は家の匂いと温度としてだけ残る。