あらすじ
ある日突然、妻が手紙だけを残して家を出ていった。前触れもなく、他に好きな男ができたらしい。主人公・高崎修吾は三年ぶりに独りとなり、倦怠期など感じたことのなかった日々が一変する。夜ごと夢に妻が現れ、声にならない言葉に涙し、眠ることを拒むようになった彼は、自宅の思い出が詰まった空間から逃げ出し、深夜に開いている近所のカフェへ通い始める。そのカフェは真夜中に「誰かにとっての居場所」を作るという店主の思いが込められていた。
ある夜、主人公と同じく眠れぬ美しい青年・飯島春樹が店を訪れ、二人は同席する。春樹はホストとして働きながら、仕事の裏にある孤独や悩みを語る。意気投合した二人は話しながらお互いの心情を打ち明け、修吾は妻に逃げられたことを明かす。しかし、春樹がふとぽつりと告げた「妻を殺した」という言葉は、ダッチワイフの話だと明かされ、場の緊張は一気にほどける。春樹の話は現実と非現実のはざまを漂いながらも、修吾に不思議な安心感をもたらす。二人の対話は優しくも切なく続き、春樹の持つ妻の名前「沙織」と旧姓「楠」が修吾の失った妻と一致するという不可解な事実に気づく修吾。
動揺を隠しつつも店を後にし、修吾はかつて妻にかけ続けた電話を鳴らす。しかし応答はなく、遠くでかすかな歌声とキャンバス地とは異なる硬い靴音がコツコツと響く。背後に人の気配を感じ、振り返れない修吾。その声が春樹のものであることに気づき、彼の手には妻のスマートフォンが握られていた。春樹は微笑みながら「今夜はよく眠れそうですよ」と言い残し、深い闇の中へと消えていく。