あらすじ
人生は、逆走できる。
元・底辺Jリーガー、諸石大輔。引退の夜、相棒・牛嶋健太と交わした「もう一度、最初からやり直せたら」という酔いどれの約束は、翌朝、本当に現実になっていた。目を覚ました二人の前に広がるのは――1998年、夏の匂いが濃い日本の空。学ランの襟がまだ少し大きい、小学六年の身体。ここから、二度目のキックオフが始まる。
テレビはフランスW杯の熱で真っ赤だ。組み合わせはグループH、相手はアルゼンチン、クロアチア、ジャマイカ。初出場の日本は世界の海に投げ出された小舟のように見える。だが大輔の目は違った。彼は知っている――未来の勝ち方を。
相棒の健太は、かつて将来を嘱望された天才だった。15歳で膝を壊し、選手生命を絶たれたその挫折が、彼を“戦術の鬼”に変えた。未来でユース監督/チーフアナライザーとなった健太は、5レーン、ゲーゲンプレス、疑似カウンター、ポジショナルプレー……まだこの国が言葉としても知らぬ概念を、ノートに焼き付けている。
始まりは全小(全国小学生サッカー大会)。土と芝の継ぎ目でボールが跳ねる時代、PHSが鳴るベンチ、放課後の公園ゴール。ふたりは誰にも気づかれない“先回り”で、チームを一歩ずつ押し上げる。やがてクラブジュニアユース、クラブユースへ。
「日本の当たり前」を一つずつ更新していく作業は、地味で、痛くて、ときに嫌われる。だが大輔は遅れてきた才能で悟っている――凡人が世界に届く方法は、世界に先に届く知を持つことだ。
目標はただ一つ。W杯。それは今日の勝ち負けを超えた、遠い灯台の光だ。1998年という基準年から、ふたりは2002年・日韓の夏を見据える。やがてJ1のトンネルを抜ける。スタジアムの灯りはいつも眩しい。世界の海図はEPLへ続いている。
「ロスタイムは、まだ終わっていない。」
土曜日の校庭に吹く風の中、ふたりはそう確信する。“未来”を先取りする少年たちのフットボールは、1998年の日本を静かに変えていく。
――『フットボールのギフト』。失われた時間にパスを通す物語。諸石大輔と牛嶋健太、二人三脚の挑戦が、ここから始まる。