あらすじ
拝啓
先日書いた短編集で僕の全てを書き尽くしたと思っていたのですが、どうやらそれは間違っていたようです。腹の底、胸の奥というよりは心の底の方に、なにか残滓のようなものが眠っているのです。また、心の底という表現をしましたが、この違和感の所在地は心臓ではなく、脳のことを指しています。
僕はあの短編集に人生を詰めたつもりでした。余すことなく、残すことなく注ぎ切るように書いたのです。だと言うのにどうしたわけか、僕の身体には不明瞭ななにかが残っていました。空っぽになった心を逆さにひっくり返してみますがもちろんなにも落ちてきません。残っていること、なにかがそこで息を潜めていることは確実なのに、見ることもできなければ触れることもできないのです。
僕はずっとそれについて考え、この正体不明に対して悩みました。悩みに悩み、そしてようやくあることに気がついたのです。
僕には、僕という心を収容する身体が残っていました。僕の身体が心を収容する容器だったからこそ、僕が空白という見えない概念を持ち得ていたのです。この作られた空白、喪失こそが抱えていた残滓の正体でした。
先生は、この人のためなら死んでもいいと思ったことはありますか。僕はありません。僕にはそんなロマンチックなクライマックスなんて似合わないと思います。誰かのために死ぬと言うよりは、誰かを失った喪失感に押し潰されて自死を選ぶという方が僕らしいでしょうか。終わり方に正解がないからこそ、僕たちは惑い、そこに善悪や是非を付与するのかもしれません。
人生の価値は終わり方だとどこかの誰かが言っていました。ならばそれが自死であったとしても、誰かを想う結果なのであれば許されるような気すらします。そんな正当化された希死念慮を込めて、僕はこの小説をしたためました。
先生もいつか、誰かを想い、人生を揺さぶられる日が来るんでしょうか。僕はそんな日がずっと来ないことを願う反面、僕がその理由になれたら嬉しいと思ってしまう、そんな二面性を孕んだ恣意を抱えています。
敬具