あらすじ

刃物のような冬が来ていた。冬将軍が首をかすめていく。
寒い。寒いのだが、どこか心内に暖かさが宿っている。変に体が温かい。
風に吹かれる事になんだか、あったかく幸せな気持ちになる。
夜の街はその風景だけで冬だ。街灯の一つ一つがぽんかん色で、木の葉を照らしている。私は今歩いている。
こんな日にもってこいの場所があるのだ。
歩いているとひとつ、ふたつの雨粒が天の穂の先からした垂れ落ちてきた。その感触は風邪の時に氷袋を頭の上に乗せるような気持ちの良さがある。
夜に滲む信号の光を見ていると、遠くに手を振る人がいた。
それが誰か私はわからなかった。
手を伸ばせば届こうとするところでやっとわかった。
旧友だった。マフラーを首に巻いて、少し痩せてしまったような様子だった。
我々は近況を報告し合った。
中等部をでた先の最終の進路。就職先。それに伴う苦労話。それを労う言葉。昇進したと一言言えば、おめでとうと返す。
彼はぼそりと口に出しただけであるが、今の職は割に合わず忙しいのらしい。
そんなやり取りをいくらか続けた後、私は少し考えてから大事な話題に取り掛かった。
「君、どだい、あの山の展望所までを行かないか。冬の間は夜景と星がきれいなのだよ。」
山とはこの道をあと少し行ったところにある五台山のことである。その中腹には展望所があり、そこから見ゆる景色を彼の目に焼き付けてしまおうということである。
久々の彼との道にこれほど適したものはなかった。

「この雨の中をかい。まあ、いい。君の頼みと聞いて断るわけにもいくまい。ついていくよ。」

彼とは特別、会話を交わさなかった。
吐く息が白い、だとか、雨の弱まってきたこととか。
そんなことを半ば独り言のように口に出しただけだった。しかしこの時間はなかなかどうして、私には少しの苦痛にも感じられず、ただ居心地の良さを感じていた。
そして、あの山のところまでたどり着いた。
時刻は既に九時を回っていた。
文句一つ言わず、ついてきてくれた感謝に一処のお礼を述べながら、展望台の橋まで歩きついた。小雨はされど止むことを知らず、北風は頬を紅潮させた。
眼下には星月夜が広がっていた。
あんまりに星のきれいなものだから、夜空が街を飲み込んでしまったかもしれない。
ただ、遠くに靡く光と漁船の揺れるを見れば、よけいなことはもう、頭からほうり出てしまった。ただひたすらにオリオン座の綺麗であることしかわからなかった。リゲルの光の一つを眺めるしかなかった。
彼は私に
「ありがとう。」
と言って呉れた。
私は照れ隠しに笑った。
すると、眼の前の景色が酷く急速に滲んでいった。
それが、雨のせいだったのか、涙のせいだったのかは今でもわかりやしない。

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アルファポリス
アルファポリス2025/11/03
  • 現在の作品星月夜