あらすじ

近世の百姓は幕府・領主に対し、年貢をはじめとするさまざまな貢租を負担していた。これらの負担の仕方に応じて、百姓のなかにも、いくつかの区別もしくは階層があった。小平市域では小川村にのみ、本百姓・脇百姓・水呑百姓、そして「上水呑(じょうすいのみ)」などの階層があったことが確認できるが、これまで詳しい説明はされてこなかった。一体、彼らはどのような人びとだったのか。 まず、小川村の本百姓・脇百姓・水呑百姓からみていこう。これらの存在をよく示しているものに、正徳3年(1713)の村明細帳がある。いわば、村勢要覧にあたるものであるが、それによれば、当時の小川村の家数は202軒で、その内訳は本百姓173軒、脇百姓10軒、水呑百姓19軒であった。このうち、脇百姓と水呑百姓は、幕府からの指示や用件が記された書状が到達した際、それを次の村に伝達する役割を果たしていたとされる。

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小説を読もう2025/10/31
  • 現在の作品「本百姓・脇百姓・水呑百姓・上水呑」