あらすじ
大学のベンチで彼女と私が紙コップを手に交わしたのは、三十になってどちらも独りだったらという軽い約束だった。発車ベル、掲示板、証明写真機。四分割の白い一片は財布にしまわれ、横断歩道で一度だけ重なった影はすぐ離れた。
以後の十年は、保留の連続で積み重なる。転職の報告、梅雨の雨宿り、冬の吐息、春の髪、居酒屋の薄灯。私は好意を送信せず、便箋は封されず、メールは消される。引っ越しの箱からこぼれた四分割の白は「捨てないで」と彼女が笑い、私はただうなずく。やがて届く長い住所と日時。返信はがきの「御」を細い線で消し、出席に丸を付ける。
参列の日、私はロビーで名札「大学友人」を受け取る。白い布の彼女は前だけを見て歩き、プロフィール映像の端に四分割の一片が一度だけ映る。拍手が起き、私は半拍遅れて手を打つ。ブーケトスの輪を外れ、駅で一本の電車を見送る。ガラスに映る私は、名札を付けたままだ。
夜、部屋の照明を落とし、封筒や席札や細いリボンを机に並べる。写真は見ない。リボンはほどかない。財布から白い一片を出し、ノートの真ん中に挟み、窓の隙間を指の幅に整える。二で吸い、三で止め、四で吐く。胸の奥に遅れて届く拍手は音にならず、息に溶ける。明け方、私は小さなポケットに指を入れ、白がそこにあることを確かめる。――それだけで、約束の終わりと、これからの呼吸の速度が決まる。