あらすじ

放課後の陸上部。短距離の「私」は、先輩と同じ拍で走るうちに、呼吸も歩幅も自然と重なる感覚を知る。合図の少ない練習、白線の縁、赤い自販機、窓を指の幅だけ開ける所作。小さな反復の中で、先輩はいつも静かだ。ある日、先輩が「週末、用がある」とだけ告げ、のちにコンビニで甘い缶コーヒーを恋人用に買うことを知る。河川敷で並んで風を受けても、目は合わない。歩幅はそろいながら、距離だけが確かに残る。夕立ののち、校門の影で先輩と女性が肩を並べて歩くのを見届けた私は、部室のノートに小さく「失恋」とだけ記す。声にはしない。練習の手順を崩さず、ピンやテープを揃えて返し、天井の扇風機の紙の揺れを確かめ、窓をまた指の幅だけ開ける。終章、私はひとりでインターバルを回し、ボトルの重さを手のひらで受け止め、先輩にはただ「ありがとう」とだけ言う。言葉を足さないことが、自分を保つ技法になる。白線の内と外、自販機の赤、鳴らない信号。残るものと消えるもののあいだで呼吸を整え、私は扉を押し、外へ一歩を出す。言わないまま終えることで、失われたものの輪郭だけがはっきりしていく物語。

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エブリスタ
エブリスタ2025/10/27
  • 現在の作品言わない技法