あらすじ
静止軌道上、地球と月を一望する展望デッキで、青年・律は幼馴染の桐原蒼と再会していた。三日後、桐原は時間跳躍者として十五年前へ飛び、戻らない──その跳躍は法的に「死」を意味する。桐原は言う。「結婚しよう。今日中に婚姻届を出そう」。それは死別を前提とした最後の願いだった。
律は戸惑いながらも、彼女の想いを受け入れ、二人は月に見守られながら結ばれる。桐原は跳躍の直前、真実を告げる。彼女はすでに過去で幼い律と出会っている時間跳躍者であり、この出会いを成り立たせるためには再び過去へ行かなければならない、と。二人の関係は、出会いと別れを繰り返す閉じたループの中にあった。律は叫ぶが、桐原は運命を受け入れ、涙で「好きだよ」と微笑み、時間の向こうへ消えた。
桐原が跳んだ後、律のもとに届いたのは、過去からのメールだった。小学生の律の隣で笑う桐原、そして時代を遡るたびに届く「月夜」の手紙──古い時代へと向かう彼女は、やがて十九世紀の時計職人に弟子入りし、時間装置を未来へ跳べるよう改造し始める。「待ってて。必ず戻るから」。
数年後、律は彼女との記憶を小説『月夜、軌道上のプロポーズ』に書き上げ作家として生きる。だが、時間跳躍局が告げた。「最後の信号は、あなたの現在へ向かっていた」。
そして五年後、月夜の展望デッキで──灰色の髪に傷だらけの手を持つ桐原が、時を超えて帰ってきた。十九世紀の技術で未来への装置を作り、律のもとへ辿り着いたのだ。「もう一度、結婚しよう」。
無重力の中で抱き合う二人。宇宙に夜はない。それでも、月はあった。そして、彼らの物語は終わりではなく、ようやく始まりを迎えた。