あらすじ
オンラインの「地球と月の交流会」で、地球の“わたし”は月で育った“きみ”と出会う。音声のわずかな遅延=秒差が、拙速を抑える安心と礼儀になる。二人は〈名を呼ばない/録画しない/窓と手だけ見せる〉を約束し、「会いたい」は心で三秒数えてから言うことにする。合図は地球の瓶に落とす硬貨の音、月の無音の丸。開きっぱなしのビデオで自習を重ね、蝉の声や自転車のベル、空調の唸りといった異なる環境音が遅れて隣り合う。やがて家計の変化や節電で画質は崩れ、貯金は空になるが、きみは「約束は減らない」と返す。二人は皆既の夜を「影で会う」日に定め、窓と手すりに額を寄せて三秒の沈黙で呼吸を合わせる。見えなくても「いる」と言える距離が立ち上がる。卒業まで会わないで会い続け、音と無音の積み上がりが同じ高さになったら、母音から名を一文字ずつ渡す約束をする。会えないことを諦めではなく方法へ変える、礼儀と秒差の恋の記録。