あらすじ
「ここでいい……」
おれはそう、運転手に告げた。ブレーキ音が短く響き、車体が静かに止まった。運転手は素早く車外へ出て、おれのほうへ回り込んでドアを開けた。
おれはゆっくりと足を外へ出し、夜の空気を吸い込んだ。……と、しまったな。
「どうかされましたか? 社長」
「なんでもない。お前は戻っていい。たぶん、遅くなる」
「かしこまりました」
運転手は深く一礼して、すぐに車に戻った。車はライトの筋を残し、滑るように走り去っていった。
残されたおれは、ホテルの外観を見上げながら一つ深く息を吐いた。もっと早く着いていれば、あの高級車から降りる姿を誰かに見せられたかもしれない。惜しいことをした。まあ、仕方ない。それに、このスーツと腕時計を見れば、誰でもおれの“今”を察するはずだ。
おれはもう一度ゆっくりと息を吐いてから、自動ドアをくぐった。