あらすじ
校正者の「わたし」は、満月の夜ごとに記憶が抜け落ち、翌朝になると見知らぬ女と同じベッドで目覚める。酒も薬もない。残るのは枕の檸檬石鹸の匂い、湯気の気配、小皿の水と、和紙に押された二つの朱い丸印――「合意の紙」だけだ。夜の「わたし」は〈見るなら忘れる/見ないなら覚えていられる〉という掟を自ら書き、女と互いに印を押す。音の記録はしない。遅く乾く朱と、押す前の躊躇だけが倫理のしるしである。
名を問おうとしても、女は「朝には向いてないの、名は」と微笑む。女の左鎖骨の小さな黒子、ほどけない髪紐、玄関扉を二度で静かに閉める所作が、夜の痕跡として朝に残る。わたしは昼に校正台に向かい、句点を置き直し、生活の呼吸を整える。満ち欠けは空だけでなく、わたしの選択にもある。
次の満月、わたしは障子を半分閉め「見ない」を試みるが、白い帯の揺らぎに抗えず、結局わずかに『見る』。朝、合意の紙には女の長い返書――あなたは最後に少しだけ見る、それも受け取る――。女は「夜は名より強い合図が多すぎるから」と言い、わたしは新しい鼠色の紐でその髪を結ぶ。結び目に残った朱は、身体で交わした証のように小さく灯る。
やがてわたしは決める。今度ははっきりと「見ることを選んで忘れる」。障子を開け放ち、満月の白の前で意志がほどける寸前、誰かの指が瞼をそっと伏せる。朝、二つの印はほとんど重なり、名の欄は空白のまま残される。空白こそが、ここに居られる名でもあるのだと女は書き置く。もしどこかで彼女を見かけたら? 「見て、終わる」とわたしは答える。
月見の輪の賑わいから半歩退いて、わたしは自分の月見――見る/見ないを選び、忘れる/覚えるを引き受ける――を続ける。朱の粉は金ではない。ただの粉だが、幾夜もの合意の跡として指に残り、朝の体温を一定に保つ。満月はまた来る。同じ部屋に少しずつ違う顔を連れて。名付けず、持ち帰らず、ただ見る。見るなら忘れる。それでも朝は来て、二つの印は重なり続ける。