あらすじ

夫の「わたし」は、満月の夜だけ必ず家を出ていく妻を見送る。行き先も理由も問わない。代わりに台所を整え、小皿に水を張り、鍵の音や灯りの向き、家電の唸りといった微細な気配を受けとめる。季節が巡るたび、月夜は家の白を濃くし、妻の不在は沈黙の中で輪郭を帯びる。夏には門外まで出る衝動を靴ひもを結び直す所作でやり過ごし、河原のざわめきを遠くに聞く。秋の近所の月見では望遠鏡を覗かず、妻の化粧のわずかな遅さを言葉にしない。手帳には満月にだけ小さな円を薄く記す。冬、老いの気配を自覚した「わたし」は玄関灯を点けておくというささやかな能動を試みる。夜半、灯りが廊下に白い帯をつくる中、妻は戻り、「灯り、ありがとう」とだけ言う。二人は湯気の高さを見比べ、朝の薄い白の上で静かに息を整える。問わないこと、見ないことによって保たれる関係と暮らし――鍵の音、皿の水、灯りの帯という小さな習慣が背骨となり、「わたし」は自分の死後もこの留守が続くかもしれないと想像して安堵する。満月はまた来る。彼女はいなくなり、戻る。見送らず、迎える。それだけが二人の「月見」であり、細く長く途切れずに続いていく。

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エブリスタ
エブリスタ2025/10/25
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