あらすじ

盆地の村で古老が語る――満月に孵るカマキリは金になる。噂に誘われた「わたし」は、標本箱で「名を与える」ことが体温を奪うと知った過去から、捕らえず名づけないと決め、薄い水を張った小皿と懐中電灯だけを携え山へ向かう。棚田の白、蜘蛛の糸、脱皮殻の縁は一瞬金に見えるが、触れずにやり過ごす。十五夜の月見で賑わう里を離れ、山の黒さと音の配列の中に身を置くうち、見えていた「金」は風の向きとともに退き、跡だけが残る。別の夜、採石場の非常灯や雲間の光が噂と互いに形を貸し借りしていると知り、老女の「灯りが虫に見えた年もあった」という語りと響き合う。反復の日々は時間の輪郭をほどき、呼吸の数が欲を遠ざける。やがて風の強い夜、斜面の向こうにただ一粒の光を見る。星でも車でも家でもないその光に近づかず、名も与えず、呼吸と瞬きを合わせてただ見る。合図なく薄れる光の後に残るのは、夜と山と自分の静けさだけ。語らず、持ち帰らず、小皿の白を確かめて眠る。「見るという終わり」を選び続けるわたしの前に、満月はまた来る。噂は噂のままに、目だけが働き、金は目の嘘としてやさしく残光する。

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エブリスタ
エブリスタ2025/10/25
  • 現在の作品見るという終わり