あらすじ

海の町に戻った「私」は、伯母の家の片隅で潮汐計を修理しながら暮らし直す。町には古い作法がある――「見ない。覗かない。返す道だけ覚えよ」。月見台から海を望むと、月光の道(ムーンロード)が私の足もとでふっと途切れる。その夜以来、潮汐計の針は私の呼吸にだけわずかに同調し、誤差が揺れ始めた。幼なじみの迅は多くを問わないが、気配だけで帰還を受け止める。白い無地の提灯が通りに吊られ、町は名を与えない準備を進める。 やがて月暈の夜が巡り、伯母の導きのもと、皆は見上げずに呼吸を揃える。私は潮汐計から外した薄いガラス片をポケットに忍ばせ、足もとの光の円へそっと「置く」。掲げも受け取りもしない、ただ返すための所作。瞬間、風向きが一秒だけ逆転し、携行潮汐計の誤差は零になる。月は何も語らないが、ムーンロードは私の周囲でほどけ、求婚のように円を結ぶ。私は目を上げず、手を上げかけて止める――返事の直前で。 翌朝、石畳には白い輪痕だけが残り、潮汐計は静かに安定する。提灯は箱にたたまれ、町は日常へ戻る。迅は「返事は」とだけ問うが、私は「まだ」と答えるに留める。左手の古い円痕は濡らせば色が浅くなるが、消えはしない。夜、窓の鍵を「掛けずに戻す」。招き入れるのでも、締め出すのでもない、中間の所作を選び続ける私。月は終始、喋らないまま確かに求婚し、物語は「置かれた呼吸」として余白に留まる――受諾とも拒絶とも言い切れない、ひと息分の揺らぎを残して。

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エブリスタ
エブリスタ2025/10/24
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