あらすじ
そのバーは路地の奥にある。どこの路地かは分からない。定まっていないとでも言うべ きか。しかしいつも同じ扉で同じ空気で同じバーテンダーが出迎える。
突如現れる扉には、看板も照明もない。それはまるで扉そのものが内側から発光しているかのように人を誘う。蝶が蜜を求めて花びらの内に降り立つように、本能が引き寄せる。
そこは一度しかくぐることのできない扉。美しいカクテルを飲み干した後、バーの記憶は跡形もなく消失する。二度と辿り着くことも思い出すことも叶わない。
ただそこでのひと時が、一杯のカクテルとそのバーテンダーが、ほんの少しの優しさと真実で人生を潤す一筋の流れとなる。
バーの名は「ティエラ」。そしてそこに立つ一人のバーテンダーは、いまだ少年の容貌でカウンターの内に立つ。年の頃はどう見ても十五・六。およそ世間一般のバーテンダーの様相とは程遠い。あどけない相貌と無垢の表情を以てやわらかな微笑を湛える。
彼の名は、ハル。
そしてハルは、魔法を使う。
ハルのカクテルには、一つだけ魔法がまざる。それは飲む者の心に溶け、記憶の奥へと沁み渡り、形を残さず一夜で消え去る。
甘美に潔く、華麗に儚く。まるで夜ごと繰り返される、胡蝶の夢のように。
そこに酔いたいがために、導かれる場所。
それが、魔法使いのバーだ。