あらすじ
【プロローグ】無限の退屈、そして魔王の「物語」への渇望
魔王城の最上階、分厚い魔石でできた玉座。その支配者、史上最強の魔王ヴァルザックは、深く憂鬱な表情で肘掛けに沈んでいた。
「……あーあ。今日も何も変わらない」
ヴァルザックが統治を開始して数百年。その圧倒的な力と知恵によって、世界の全ての争いは消え去った。魔王軍は有能すぎて、魔王の関与なしに世界システムは完璧に稼働している。平和と秩序は確立されたが、それはヴァルザックにとって、究極の**『退屈』**と同義だった。
城の会議室で優秀すぎる四天王たちが、今日も完璧な報告を上げている。合理的で穴のない議論に、ヴァルザックが口を挟む余地は一切ない。
「今日も陛下に御心労をおかけする問題はございません!」
「ふむ……そうか」
ヴァルザックは溜息を飲み込んだ。彼が望んでいたのは、知恵を絞り、力を奮い、命を懸けて立ち向かえる「難題」だ。平和は尊いが、同時に全てを無価値にする劇薬でもあった。彼は、自分がただ座っているだけの、巨大な世界システムの「飾り」になっていると感じていた。何が起こるか予測不能な出来事、先の読めない展開――すなわち、「物語」そのものへの飢えが、彼の心臓を締め付けていた。
そんな虚無にも似た日々の中、側近の魔族・フェルガスが、どこか興奮した様子で報告を持ってきた。
「ヴァルザック様! 人間界から、不吉ながらも興味深い報せが! 新しい勇者――名をライナスという青年が、光の神殿で認定されました。その魔力、そして運命の光は、過去のどの勇者よりも強大だと……」
報告を聞き終えたヴァルザックは、静かに玉座から立ち上がった。
「勇者か。数百年の安寧を破る存在。だが、それこそが、今の俺に必要なものかもしれない」
魔王の脳裏に浮かんだのは、「厄介な芽を摘む」という思考ではない。それは、長編小説の退屈なページをめくる読者のように、「物語」の予感に対する純粋な期待だった。勇者という「イレギュラー」が、固定化された世界にどんな波紋を投げかけるのか。それを一番近くで、詳細に観察したい。
「フェルガス。魔王軍を動かすな。余計な刺激は、物語を矮小化する」
ヴァルザックは、存在そのものを世界から切り離す**『虚飾のペンダント』を装着し、平凡な青年「ザック」**へと変貌した。
「俺は奴の動向を**『観察』する。この勇者が、世界を、そして俺の退屈をどう動かすのか。この目で確かめる。退屈を終わらせる『観測者』**として、人間界へ行く」
魔王の、退屈を終わらせるための旅立ち。史上最強の監視者は、勇者の町へと向かう。