あらすじ

ブイン島上空、1943年4月18日。
一式陸攻の機内に、彼は静かに腰掛けていた。
機体を貫く銃弾の雨。炎が翼を舐め、急速に高度を失う。
彼は、これが己の最期であることを悟った。

――しかし、落下の衝撃は訪れなかった。

気が付けば、眩しいほどに整備された舗道に立っていた。
四車線の道路を車が縦横に走り抜け、ガラスの壁のような高層ビルが立ち並んでいる。
「……ここは……?」

軍帽を押さえ、呆然と立ち尽くす彼の手元には、皮肉なほどに現金が残されていた。
出撃前、給与として受け取ったばかりの旧日本銀行券である。

ほどなくして彼は、軒先に掲げられた小さな看板を見つけた。
〈日本銀行券取扱店〉
店内に入ると、若い店員が怪訝そうに紙幣を手に取り、首を傾げた。

「……古いですね。ですが、記念価値もあるので等価交換できますよ」

手渡されたのは、色鮮やかな新札だった。樋口一葉、福沢諭吉、野口英世。
山本はしばし見入った後、わずかに口元を緩めた。

「……補給は万全、というわけだな」

こうして彼の、二十一世紀スイーツ巡りの戦いが始まった。

2020年代の秋、突如として姿を現したのは、かつて連合艦隊司令長官を務めた山本五十六その人であった。
しかし彼が選んだ戦場は、航空母艦でも戦艦でもなく、東京のスイーツ店であった。

パンケーキ店
五十六、軍服姿でカフェに座り、眼前のパンケーキを凝視する。
「……戦艦の主砲にも劣らぬ厚みだな」
一口食べると、目を丸くして小さく頷いた。
「……これほどの破壊力、もはや航空優勢の時代であること疑いなし」

クレープスタンド
若い女性たちに混ざり、列に並ぶ五十六。
手にしたクレープをじっと見つめると、
「これは補給物資の完成形だな。片手で持ち歩けるとは……」
そう呟きながら、生地からはみ出したクリームを大真面目に拭う。

プリン専門店
店先の看板を見て五十六、思わず立ち止まる。
「プリン……か。名が良い」
スプーンで一口すくい、しばし沈思黙考。
「……甘味に国境はない。これもまた戦を終わらせる一策であったかもしれん」

パフェで締め
喫茶店の窓際、巨大なパフェを前にして五十六は言った。
「結局、戦の勝敗を決するのは補給である。甘味もまた、心の糧だな」
満足げに微笑み、グラスを空にした。

こうして「帰ってきた山本五十六」は、銃火を交えることなく、ただただ二十一世紀のスイーツを征服していったのである。

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アルファポリス
アルファポリス2025/10/13
  • 現在の作品帰ってきた山本五十六