あらすじ
53歳、子どもなしのひとり暮らし。極端なミニマリストの「私」には、手放せない例外がある。ボタンの目のくま「ミチコ」、ことりの「ボタン」、色あせた犬「たんぽぽ」、ちいさなだるま「まる」、四角いクッション「先生」。布でできた五人の友だち=ぬのともだ。私は毎晩、棚の前で彼らの名前を呼び、点呼を取る。
ある日、部屋の配置を替える「引っ越さない引っ越し」を機に、ぬのともを三人に減らそうと段ボールに二人をしまう。ところが翌朝、箱は空で、五人が床に整列している。――点呼は五人でなければ音程が合わないのだ。
洗濯日には日陰干しを徹底し、ほつれた「先生」は自分の手で繕う。母の言葉「人形は見るものじゃなくて、見てくれるものだよ」が胸で息を吹き返す。姉との合言葉は「点呼取った。大丈夫」。孤独は寂しさと同義ではなく、操作画面のように自分で温度を調整できると知る。
脱水音が止む一瞬の無音を拾い上げ、私は今日も点呼を取る。名前を呼ぶだけで部屋の温度が上がるから。ミニマリズムとは物を減らすことではなく、迷いを減らす技術――私にとっての最小単位は五人。見守られながら言う「いってきます」までの、静かな生活の記録。ヒューマンドラマ短編。