あらすじ
”悟り”というと、どういうイメージをお持ちだろうか?
おそらく、仏教や瞑想、ヨーガなどを思い浮かべる人は多いはずだ。
人生を豊かにするツールとしてヨーガや瞑想などが流行り、Youtubeチャンネルやオンライン交流などで悟りが身近なものになってきた。
これはこれで素晴らしいと思うが、覚醒という視点での悟りとは別物である。
この悟りは言語化が出来ない。
しかし、言語化しないと人々への伝達が出来ないため、偉大な指導者たちは独自の表現で伝えてきたが、そのほとんどはヒンドゥー教や仏教に根差した教えだと感じる。
ゴータマ・シッダールタ(釈迦)をはじめ、ラーマ・クリシュナ、ラマナ・マハルシ、ニサルガダッタ・マハラジ…有名な覚醒者は皆インド人だ。
だから前述の「悟り=仏教」というイメージが定着するわけだが、私はインド人と日本人は精神性に違いがあるため、悟りを得るのに仏教などを基本に据えることに疑問を抱いてきた。
もちろん、仏教の教えは素晴らしいし、真理を示して来たことに違いないが、日本人独自の視点による悟りの道があると考えてきた。
くどいようだが、それでも悟りを言語化は出来ないわけだが、出来得る限り日本人としての悟りを明らかにしてみたいと思い、本書を執筆するものとする。