あらすじ
「ぬいぐるみに綿を詰めるのはもう古いよね」
「今はなにを詰めてるんですか、先輩」
「たとえばそれはトムヤムクン」
「トムヤムクン」
西方《にしかた》先輩は机の上に乗っている大きな鯛のぬいぐるみを指で示す。
私はおそるおそる鯛のぬいぐるみを抱き寄せた。ツンとした香りをかすかに感じる。
「どうやってトムヤムクンをぬいぐるみにできるんですか」
「ちょっといつもと縫い方を変えたらできたんだ」
相変わらず先輩の言うことは常人の理解を越えている。さすがは裁縫部きっての天才だ。
「今度なにかいらないものがあったら言って。僕がぬいぐるみにしてあげる」
「こわすぎるんですけど」
冗談だよ、と自分の手元を見つめながら先輩は微笑む。
私はうまく笑えなかった。理由はふたつある。
天才の冗談は冗談に聞こえないからというのがひとつ。
先輩の微笑みに見惚れてしまっていたからというのが、ひとつ。