あらすじ
かつて、大陸を統べる五つの国があった。
蝶の国、獅子の国、鷲の国、知の国、そして──地の底に生きる土竜《もぐら》の国《ドルナーグ》。
四百年前、知の国《ナランサス》を襲った大噴火の折、
土竜王は「沈黙」を選び、援助の手を差し伸べなかった。
それが両国の断絶を生み、地の国は歴史の記録からすら消え去った。
それでも、四百年の時を経てナランサスの王は和解を望む。
他国へ姫たちを嫁がせて国交を繋ぎ、
最後の姫・カミュラを「地の王」へと嫁がせることで、失われた縁を結ぼうとした。
だが婚礼の前夜、カミュラは高熱に倒れる。
延期も許されぬ儀式の前で、末の弟ソレルは決意した。
姉の名誉と国の未来を守るため、自ら花嫁衣装を纏い“代役”として式に臨むのだ。
その前に現れた新郎は、全身を黒い布で覆った“影”。
光を拒むその姿は恐怖そのものだった。
誓いの言葉もなく、沈黙のまま婚礼は終わる。
翌朝告げられたのは──「花嫁は単身で地の国へ赴く」という掟。
姉の容態が戻らぬまま、ソレルは自らドルナーグへ向かう。
地上の光を背に、黒布の従者に導かれて潜る地下の迷宮。
そこに待っていたのは、あの黒衣の影。
深き地の底で布が剥がれた瞬間、現れたのは異形ではなく、ひとりの青年だった。
褐色の肌、銀糸の髪、灰の瞳──冷たい威厳と静かな気配を纏う地の次期王、ダラン。
彼は語る。
地の民が太陽の光を浴びれば命を落とすこと、
光を拒むのは呪いではなく生のためであることを。
誇りと痛みを刻む刺青の風習を持ち、沈黙の中で世界を見守ってきた民の文化を。
初めて知る真実の中で、ソレルの胸に小さな熱が灯る。
それは恐怖ではなく、敬意と、言葉にできぬ感情だった。
けれど彼らの婚姻は、いずれ本物の花嫁──カミュラがやってくるまでの“仮初の契り”。
この想いに終わりがあると知りながら、
それでもソレルは願ってしまう。
「どうかこの時間だけは、偽りではありませんように」と。
光と闇、真実と偽りの狭間で始まる“契約の婚姻”。
四百年の沈黙を超え、ふたりの出会いが、やがて世界を変えていく。
※性描写があるため、その部分は非表示にします