あらすじ

フランスの詩人ステファヌ・マラルメは19世紀末、「幸運にも、私は完璧に死んだ」と友人に書き送り、「仏教を知らずして無に到達した」と告げる。それはニーチェに先立つ「神の死」の自覚であったのかも知れない。マラルメの死後発見された未完の散文詩『イジチュール』は、ラテン語の接続詞igiturの名を持つ主人公が、深夜に奇妙な思索の果てに先祖の墓前で「賽の一振り」を試みてのち、小瓶の中身を飲み干して死ぬという筋書をもつ。娘婿ボニオによる校訂ののち発表されたこの散文詩は、モーリス・ブランショをはじめ多くの批評家や思想家の関心を呼び、「死」「虚無」について20世紀後半の思想的淵源となる。ところでこの『イジチュール』には「またはエルベノンの狂気」という副題が添えられている。エルベノンとはユダヤ=キリスト教の伝統ないし神話に基づく名であると推定されているが、一方でそれは英語の«I'll be none.»というフレーズ──マラルメは「エドガー・ポーをよりよく読む」ため若き日に渡英し、帰国ののち生涯を中学の英語教師として送った──をも想起させる。マラルメは別荘で前日に経験した咽頭発作について説明するうち、それを再現するかのように発作の再発に襲われ、そのまま死んだ。彼はつねに自死の誘惑にさいなまれながら、死なずに報い少ない詩作を続けた。サルトルはそのことを一個のアンガジュマンと見なした。

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カクヨム
カクヨム2025/10/05
  • 現在の作品I'll be none