あらすじ
プロローグ
王国歴299年8月 ロンド
俺の名前はアレク。
ブリテン王国の首都ロンドにある、灰色の石造りの国営孤児院で暮らしている。
高い塔の鐘が一日三回鳴り響くこの街は、貴族たちの豪奢な馬車が行き交う一方で、裏路地には孤児や日雇いの労働者がひしめいている。
俺はその片隅、寒々しい石壁に囲まれた小さな部屋で、自分の未来だけを頼りに生きてきた。
この国には決まりがある。
孤児院の子供は十五歳になると、必ず外へ出て自立しなければならない。
明日、俺はその十五歳を迎える。
孤児院の仲間たちは口々に「おめでとう」と言ってくれるけど、その声の奥には不安と羨望と、少しの恐れが入り混じっている。
俺自身も胸が重く、期待と緊張が渦巻いていた。
十五歳の誕生日を迎えると、必ず神殿に呼ばれ、洗礼を受けることになっている。
その儀式の中で、神々のうち誰かが一つだけスキルを授けてくれる——はずだ。
「はず」と言ったのは、まれに授かれない者がいるからだ。
授かれなかった者は、職に就くのも難しく、ほとんどが奴隷同然の労働に身を投じるしかなくなる。
ここが激しい人生の分岐点だ。
どんなスキルを授かるか、強力か無力か、その一瞬で人生の難易度が決まってしまう。
俺に出来るのはただひたすら祈ることだけだ……。
そして、十五歳の朝が来た。
冷たい石畳に靴音を響かせながら、俺は神殿へと向かった。
巨大な白い柱が林立する神殿の前には、選定者と呼ばれる孤児たちが整列していた。
空気は重く、緊張が肌に突き刺さるようだった。
大神官の呼び声に導かれ、俺たちは列をなしながら奥へ進む。
全員、顔が強張っている。
それも当然だ。
これから自分の未来が決まるのだから。
それにしても、今日はいつもより人数が多い。
孤児院の話では、毎回選定者は五人前後だと聞いていたが、今日は二十人も集められていた。
周囲には、ギルドの採用担当者らしき人間たちが並び、鋭い目でこちらを値踏みしている。
彼らにとって、ここは将来の人材を確保する絶好の狩り場なのだろう。
まずは大神官による事前説明が始まった。
神殿中央にそびえる聖母像の前で祈りを捧げると、像が光を放ち、その光の色によってスキルランクが決まるのだという。
魂には精霊の刻印が宿り、それがその者の運命を形づくるらしい。
ランクは七段階。
黒、白、青、黄、赤、銀、金の順に強力だとされている。
得たスキルは外見では分からず、大神官へ自己申告することになっている。
内緒にすることも出来るが、その場合は就職先が見つかりにくくなるため、お薦めはしないという。
貴族でもない限り、無職で生きていくことはほぼ不可能だ。
俺の順番は二十人中、最後の二十番目。
最初の一人目、華奢な女の子が祈りを捧げると、聖母像が白く輝いた。
「おおっ!」という大歓声が周囲に響く。
祈りを終えた彼女が大神官のところへ向かうと、ギルドの大人たちの目が一斉に光った。
白でこの盛り上がり。
普通は黒なのだろうか、と俺は思わず隣の十九番の少年に尋ねた。
「ねえ、あの光、白でも珍しいのかな?」
すると彼は俺を鋭く睨み、「銀」とだけ答えた。
「ありがとう」
愛想の無い奴だ、と心の中でつぶやく。
なるほど、あれが銀なのか。てっきり白だと思っていた。
その後、青が連続した。
輝かない白も混じった。
どうやら隣の少年の言ったことは本当らしい。
青、青、青、青、青、青、青、青……
まるで青しかないのかというくらい、青の光が続く。
そして、十九番の少年の番になった。
祈りを捧げた瞬間、像はまばゆい黄色に——いや、それは黄色ではなかった。
「おおおおおーーーー!」
会場がどよめき、圧倒的な歓声が神殿の壁に反響する。
金色——それどころか、さらに特別な輝き。
大神官がその少年に近付き、深く頭を垂れた。
「千年ぶりでしたね。まさかこの目で勇者の輝きを拝見できるとは、恐悦至極です」
その一言で場の熱気は一気に爆発した。
「すぐに王へ使いを出せ!」
「ついにSSSランクの冒険者が生まれるぞ!」
興奮した声が飛び交い、神殿全体が震えるような歓声に包まれる。
大神官が中央に立ち、手を広げて皆を制した。
「静粛に。勇者の輝きを見た選定者は、スキルランクが上がるという伝承があります。各自、再確認してから帰るように」
「おお、勇者さま……光栄至極です!」
選定者たちは感極まり、再確認を終えて次々に神殿を後にしていく。
俺はというと、会場の熱気を気にして、まだ自分の番が来ていないことを言い出せず、隅っこでその光景を眺めていた……。
やがて皆が去り、大神官が俺に視線を向ける。
目が合った瞬間、彼の目が一瞬だけ泳いだように見えたが、俺は気にしなかった。
「では二十番。祈りを捧げてください」
その声は、何事も無かったことにしたいような響きを帯びていた。
「では、アレク行きます」
俺は静かに聖母像の前に立ち、両手を胸の前で組んだ。
祈りを捧げた瞬間——俺は意識を失った。
……。
「もし……」
遠くで声がする。眠い。
「もしもし……」
身体が重い。
「起きてくださーい!」
仕方がない、起きようか。
目を開けると——そこに天使がいた。
白衣の天使ではなく、本物の天使。
白い衣をまとい、背には透き通るような光の羽根がある。
「良かった、目覚めましたか?」
天使が柔らかい声で問いかける。
「はい。お陰様で無事なようです」
俺は身体を確認するが、異常は無い。
周囲を見渡すと、柔らかな光に包まれた不思議な空間にいた。
暖かく、それでいてどこか懐かしい匂いが漂っている。
「少しお話があって、神界に来ていただきました。実はアレクさん——あなたは勇者に選ばれていました」
過去形?
「この世界に生まれる勇者は一千万分の一で設定してあり、同じ場所に連続する可能性は考慮しておりませんでした」
そりゃそうだろうな。
「その為、あなたは勇者の祝福を受けた勇者になってしまい……」
なってしまい?
「あ、ちなみに確率は千分の一×千分の一です。そして亜神に生まれ変わりました。おめでとうございます!」
……俺、百兆分の一の当たりを引いたらしい。
「人と亜神の違いは何ですか?」
恐る恐る尋ねる。
曰く、意思疎通。
曰く、状態異常変化無効。
曰く、能力制限開放。
人間は本来、神界には生きて来れないらしい。
この能力を体現することが亜神に必要な経験だという。
「とりあえず普通に生きて構いません。破壊神になるのも、死神になるのですらも自由です」
天使はにっこりと笑った。
どうやら俺は、好きに生きていいらしい。
成り行きに任せてみるか——そう思った。