あらすじ
「父は透明じゃない」
雨だれが天井を叩くたび
僕の手のひらは 六年前を思い出す
凍える指を握りしめた 合格発表の朝
あのときの笑顔は まだ胸に残っている
いま 食卓で僕は
湯気の立つ味噌汁よりも冷たく扱われ
笑い声の輪から弾かれて
まるで 透明な硝子のように見過ごされる
だが 現場で染みた汗は嘘をつかない
鉄と油の匂いに包まれた日々が
僕を形づくり 崩さずに支えてきた
水は必ず 傾きを知る
雨は必ず 嘘を暴く
沈黙はやがて 真実を照らす
娘よ
父は透明じゃない
見えないふりをした瞳の奥に
ずっと君を想う影がある
母よ
父は透明じゃない
誇りを隠し 体面に沈んでも
汗で築いた礎は 消えない
六年後の春風に
ひとひらの花びらが舞う
弁当箱の蓋を開けると
そこにあるのは 愛と誇りのかたち
僕は透明じゃない
雨の向こうで
静かに立ち上がる影だ