あらすじ
明治初頭の京都。墨匠の娘・一条墨花(いちじょうぼっか)は、血や墨に宿る「香」を嗅ぎ分ける異能を持ち、父の工房で静かな日々を送っていた。彼女の鼻は、墨の奥に潜む祈りや呪いの息を捉え、人の心の揺らぎすら嗅ぎ分ける。しかしある朝、参事補佐が吐血死し、枕辺に「朱の線」が走った紙片が残された事件が起こる。紙片から漂うのは、彼女が昨夜わずかに磨った禁忌の墨――「月読の朱墨(つくよみのしゅずみ)」の匂い。町役人に鑑定を求められ、京の市井には「朱墨の祟り」の風説が広がる。現場には伽羅の香を纏う影が潜み、弟子・周作の袖からも朱に似た粉の気配が漂っていた。