あらすじ

『薔薇の公女は婚約破棄されても、冷徹公爵の右腕になりました』

燭台の下で、指輪は静かに卓へ置かれた。
拍手の代わりに、薄い風がカーテンを鳴らす。
薔薇の香りは甘く、少しだけ鉄の匂いが混じる──
私の胸の奥で、何かが音もなく折れ、そして立つ。

「泣くのはあとだ」
氷の声が言う。
私は頷き、革手袋をきつくはめ直す。
手の中で、棘は刃をしまい、茎は芯を強くする。

地図の上を、ペン先が疾る。
紙がさわ、と鳴り、インクが灯の色になる。
公爵は沈黙で命じ、私は静寂で応える。
名を捨てた右手は、王国の脈をなぞる動脈。

夜更け、封蝋は深紅に固まり、
遠い砦からは馬蹄が霜を砕く音。
冷たさは敵ではない、刃を研ぐ水だ。
私はもう、公女ではなく、仕事そのもの。

噂は戻る。
「彼が悔いている」と。
かつての婚約者は、扉の外で短く息を呑む。
私は扉を開けず、窓を開ける。
冬の空気が頬を洗い、薔薇の影だけが揺れる。
赦しは正義の一部、救済は職務の外。
私は一礼し、言葉の代わりに押印する──
ざまぁ、とは言わない。文体で示す。

公爵の横顔は、氷河のように動かない。
けれど、その沈黙の底で、
一度だけ、呼吸が私の呼吸と重なった。
「右腕でいてくれ」
「ええ、閣下。夜明けまで」

戦は終わっても、仕事は終わらない。
薔薇は咲いても、棘は眠らない。
手首に残る封蝋の粉、紙のささくれ、
かすかなインクの甘さ──それが私の勲章。

私が捨てたのは“少女の物語”で、
私が拾ったのは“国の文脈”。
名も指輪も、今日の議事録の余白に置いていく。
私の言葉は刃、私の沈黙は盾。
そして私は、彼の右腕として
夜明けに署名し、昼に働き、
黄昏には薔薇の棘で、未来を下書きする。

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アルファポリス
アルファポリス2025/09/17
  • 現在の作品『薔薇の公女は婚約破棄されても、冷徹公爵の右腕になりました』