あらすじ
『白い結婚の終焉~タワマン最上階からの逆襲~』
エレベーターは天井を知らない
指紋とカードが鳴らす、乾いたピッ。
祖父の名義が私の背骨になる。
鍵の金属臭、夜景は冷たい蜜。
「今日から一緒に住むから、よろしく」
靴音が大理石を汚す。
義父の咳、義母の香水、義妹の新札の匂い、
そして——幼馴染の笑い、薄く塗られた嘲り。
白い結婚、白い皿、白い沈黙。
三年分の無味を、私は舌で確かめる。
——もう、塩を振っていい頃でしょう?
窓は海のように広いのに、
あの家族は波打たず居座るだけ。
夜風がグラスの縁を冷やし、
泡はすぐに弾け、言葉だけが残る。
「ここは、私の家ですけど?」
声は静かに落ちるナイフ。
カトラリーが金属光を跳ね返す。
沈黙は最上階から落ちていく。
呼び出し音——
悠真の低い声は、法の温度をしていた。
紙の手触り、ホチキスの噛み締め、
日付印の赤が、私の鼓動に合う。
録音ボタンは小さく、決意は大きい。
レシート、送金履歴、靴箱の合鍵、
クラッチの内ポケットに眠る証拠たちが
やっと息をする音を立てた。
「詩織、君はひとりじゃない」
その一文で、長い廊下に灯りが点く。
磨かれた床に、私の足音が戻る。
逃げるためではなく、踏み鳴らすために。
SNSの泡は、彼女の唇で割れた。
「奥さまの座は、私が——」
——では、法廷で、続きをどうぞ。
笑いは紙の上で、罰金に変わる。
雨の朝、夫の襟が湿る。
上司の冷笑、コピー機の唸り、
人事通知の封筒が、やさしく首を絞める。
私の指は震えない。もう、震えない。
玄関に積もった他人の息遣いを
ひとつずつ追い出した夜、
バルコニーで深く呼吸する。
街の光は遠く、私の心は近い。
「これは復讐じゃない」
——そう、選択だ。
味のしない三年に、
ようやく、胡椒をひと振り。
夜景が皿の縁に凝り、
未来がナイフの刃でまっすぐになる。
グラスを静かに置く音が
判決の木槌みたいに響いた。
「おやすみ、元・家族」
「こんばんは、私」
最上階の風がカーテンを持ち上げ、
白い結婚は、白い煙になって消えた。