あらすじ

『白と黒のやさしさ――パンダになれない夫と、パンダみたいな恋』

冷めた紅茶の輪が
テーブルに二つ、薄い月を落とした。
「重い」と言われた手紙の角で
指先に小さなささくれが立つ。

あなたは目をそらし、
私の好意が鏡になるのを怖れた。
蛙の皮膚のように、ぬめる拒絶。
跳ねる音だけが、部屋の隅で増幅した。

私は白い紙に黒いインクで書く。
——境界はやさしさの形だと。
「約束の時刻」「睡眠」「仕事」「NOは笹」
「謝るとき、“でも”は禁止」
線があるから、触れ方を学べる。

夜明け、蒸気で曇ったガラスに
粉砂糖が舞い、バターがかすかに弾ける。
笹舟ベーカリーの前で、
大きな黒ぶち眼鏡の人が言った。
「急がなくていいです。パンにも、人にも、発酵がいる」

その声は、竹うちわの風のように
熱い胸の奥を静かに撫でた。
看板猫チマキが足首に体温を置き、
私は呼吸の長さを思い出す。

花束の青臭さ、空洞のディナー、
演出だけが重なった夜に
私はルールを静かに読み上げる。
許しは贈り物、請求書じゃない。
それを、白で塗りつぶさない。黒でも呪わない。

雨の金属臭、古いソファの埃、
あなたの過去の重たさを
理解はしても、担ぎ直さない日。
ペン先の滑りが、未来へ向けて
小さな音で「さよなら」と書く。

昼下がりの木陰で並んで本を開く。
ページをめくる乾いた音、
十五分だけ、目を閉じる約束。
「あなたといると、呼吸が静かになる」
言葉は少ないほど、輪郭が見える。

連絡の途絶えた夜もあった。
未明の冷気の中で
私はルールの三行目を撫でる——
「12時間返信がなくても、自分を疑わない」
朝、だし巻き卵の甘い湯気が
不安の影を薄くする。事情は、丁寧に説明された。

商店街の祭り、ベルが鳴る。
白と黒のサブレが並び、
笹の塩が舌の上でほどける。
私は笑う。「白黒だけじゃ、もったいないね」
彼は頷く。「境界があるから、間を抱きしめられる」

もう、誰にも私の価値を決めさせない。
私の白と、私の黒と、
そのあいだに広がる無数のやさしさで
今日を選ぶ。

パンダみたいな恋は、
甘くて、静かで、強い。
線を引く手の震えごと、
そっと抱きしめてくれるから。

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アルファポリス
アルファポリス2025/09/13
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