あらすじ
プロローグ
夜は、なぜこんなにも静かに
人を蝕むのだろう。
夫の寝息が隣から聞こえてくるはずなのに、その音は安堵をもたらすどころか、遠い世界の響きのように思える。
結婚してから何年も経つのに、私はいまだに「妻」である前に「女」でありたかった。小さな約束やささやかな甘い言葉で心が満たされると信じていた。だが、その信じたい気持ちは、何度も裏切られてきた。
「今度な」「またそのうち」
彼の口からこぼれる曖昧な言葉に、最初は笑って頷いた。けれど、いつからか胸を締めつける呪いのように変わってしまった。
――私たち、いったい何を
築こうとしているのだろう。
――このまま空虚な日々に埋もれて
私は「女」を忘れていくのだろうか。
そう思うたびに、危うい影が心を横切る。
別の人に抱かれたなら
私は取り戻せるのだろうか。
それとも、夫に正面から
問いかけるべきなのか。
夜の闇は残酷に私を追い詰める。
答えを出せぬまま、今夜もまた
約束のない夜が始まろうとしていた。